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ぬるめの世界

ブログタイトルをスタイリッシュなのに変えたいが、いいのが見つからない

後ろ向きモチベーション

しょうもない
学部生の時に異常にサボっていたので、勉強の仕方や意味がわからず単位が取れなかったりと、色々と辛かった大学院生活前半でした。仲のよかった友達は就職したり留年したりして学校からいなくなるし、学部時代は全然学校にいなかったので他に話す友達もいなかったし、人間関係が辛かったかなぁと記憶しています。「一緒に大学院にいこうぜ!」といった子が院試前に留年して、「なんか、大学院にいくのが面倒になったから卒業して働くわー。」と言われた時のショックはデカかった。いつものメンツでアホなことをできるのが延長できると思ったから大学院にいこうとしただけだったので、「騙されて入学してもうた!」とずっと思ってたし、今も思ってるしなぁ。我ながら意識がめっちゃ低い。

※普通の人は、「大学での勉強や卒業研究が楽しかったから、大学院でもう少し頑張ってみたい。」とか、「こういう問題を解決して世の中の役に立ちたいから大学院で研究したい。」とかがモチベーションになるらしいです。「奨学金の免除のために、学会で賞を取りたいから大学院に行きます。」といった、マッチポンプのような人もいたりしました。

そんなこんなで学校にいくモチベーションがどんどん減り、その分アルバイトのシフトが増えたり、大学院に進級した意味がわからないような生活を送っていました。バイト先での立場が上昇したのはいいけど、「なにしてんだろう俺、リアルな『大学はでたけれど』状態やなぁ」などとボーッと思っていました。
また、勉強が本当にわからなくて、取得単位が2単位だった時期もあったりした。学部時代はノートをテスト前に見せて貰ったりして乗り切って生活していたので、授業の受け方がわからなくて授業にでなくなったりした。はじめのうちは頑張って授業に出るけど、後半になってよくわからなくなって、授業にでなくなり、単位はでない。そういえば、簡単な数式を答えられなかった時は、「ああ、本当に勉強してなかったんだな、オレ。」と結構諦めかけてたなぁ。

そういった"ひどい"生活を経て、なんやかんやで「なんとかしないとこれはヤバい」という危機感および、「サボったらあらゆる人に申し訳ない」という罪悪感が、大学院生活での研究や勉強に対する主たるモチベーションになりました。そういった負の感情から大学院生活を行った結果、論文審査の段階では意外にも普通レベルにまで修正されたので、心の底らへんからよかったなぁと思いました。「なんやかんやで持ち直したよ、オレ!」と周りに言いまくってたので、周囲の人はさぞかしうざいと思ったことでしょう。
そういえば。学部の時より授業料が安いのに、学校にいる時間はかなり増えたので、単位時間あたりの授業料におトクさを感じられました。学資保険を積み立ててくれた祖母も、天国で無駄に喜んでいることでしょう。

どういう風に後半の生活を送ろうとしたのか、つまりなんやかんやの部分については、気が向いたらそのうち書きます。