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ぬるめの世界

ブログタイトルをスタイリッシュなのに変えたいが、いいのが見つからない

一生のうちで物事を選択できる回数は限られている

そもそもそんなもんあるわけがない!

私はそう思っています。


運転している時に「モノを思い通りに操っているオレ」という気分に浸れるゆえに、一部のクルマ好きにとって、マニュアル車は愛されるのでしょう。というかミッション車じゃなくてマニュアル車であってるのかもよくわかってない。


ここで冒頭にて「そんなもんあるわけない」と私自らが言い切った、「一生のうちに選択できる回数は限られている理論」が正しいと無理やり仮定します。


例えば、あなたがマニュアル車を運転してワインディングロードを走っているとき、「次のちょっと曲がった道を抜ける時、減速しすぎるとエンジンの回転数が落ちて、アクセル開度に対する加速のレスポンスが落ちるだろうから、ここは4速から3速にダウンするべきかな」という思考に陥りますが、その思考に入った時点で、あなたは選択回数n = 1を消費してしまうことになります。


それ以前に、私たちは多くの選択回数を日々の勉強・業務で消費しています。「この仕事を先に片付けてから」とか「この実験結果をいつまでにまとめて」とか。これも


その上で、例えば「今日はショッピングにいこう。ストレートチップのある茶色の靴を、郊外のアウトレットモールの●●という店で買おう。」ということを休日に思い立ったとき、

『ショッピングにいく』

『郊外のアウトレットモールにいく』

『●●という店にいく』

『欲しい靴を選択する、色、形状、素材など』

といったことを考えるので、この時点で選択回数n = 4を消費したことになります。


それなのに、ショッピングにいく以前の段階で、「エンジンの回転数がー」といったことで選択回数を消費してしまうのは、もったいないなぁと私は思うのです。


ちなみに、「駐車場でどこに止めたらいいかなぁ」といったことでも選択回数を消費してしまうのですが、それまで言い出すと、「めんどくせぇなお前、そんなに嫌ならクルマに乗らなけりゃいいじゃん」とか言われます100パー。